赤ちゃんたちは生まれたいように生まれてくる


大きな子宮の形の袋に入り

もう一度産道を通る『産道体験』というワークショップに

息子(8歳 )と二人で参加しました

 

この日はお昼過ぎから、お産関連のワークショップに参加していたので

いざ体験!という時には疲れちゃって

息子はうとうと・・・というか寝ちゃってました  あはは

その時の体験が、わたしにとってとても興味深いものだったので
書き留めておくことにします

長いです(笑)

 

 まずはわたしのお産の話 

 

まずはわたしのお産、彼の生まれ方のお話をば

妊娠後期の検査で、GBS(B群溶血性レンサ球菌)で陽性の反応が出たので
当初予定していた自宅出産から、病院での出産に切り替えました

整体を学んでいる最中ということもあり
わたしの夢は「整体出産」でした
起き上がりのタイミングで骨盤を整えていく。という、噂のアレです

自宅出産だと特に問題はないのですが、病院だと病院側の協力がないと少々難しいのです

通っていた病院は産婦の「こうしたい」ということを受け入れてくれる体制があり
できる限りは整体出産をしてみよう!!ということになりました
(この時の話はまた別で書こうかな、整体界隈では有名なのだけど、マニアックすぎるもんね)


予定日を1週間超えたある日、ちょうど、夫が「なんだか風邪っぽいし」と会社を休んだ日のお昼に破水

病院に行ったものの、子宮口がまだ開いていないとのことで一旦帰宅

夕方過ぎから陣痛が始まり、23時頃病院へ

まだまだ子宮口は固く、そうこうしているうちにわたしの血圧が上がったのと

もちろん、胎児への溶連菌の感染も防ぐため
院長先生の判断でこれ以上待たない方がいい。ということになり、緊急帝王切開になりました


お腹の窓から出てきたばんびさん(息子の胎児ネーム)は


バッチリ感染☆

元気な見た目とは裏腹に結構なお熱も出ておりました

初乳を飲んですぐに彼は清瀬のnicuへ
(本当にいい病院だったようです。わたしは行ったことないんだけど)


妊娠中はお腹の中のばんびさんとたくさんおしゃべりして
コミュニケーションはバッチリだったので

自宅出産が病院になった時も、これもお腹からの指令なんだな~ってわかったし
nicuでどんな風に過ごしているのかも、手に取るように感じられました


あれから8年経った今も、帝王切開という生まれ方を選んできたんだなってことは腑に落ちているのです


が・・・


まあ、いろんなお産の話を耳にするたびに

経膣分娩で生まれてくる体験もしてみたかったりするんじゃないの〜〜??
なんて、思考が働いちゃうわけなんです
結構なエゴのカタマリなんです

 


担任の先生がご懐妊だったりして
こういうお産の追体験ができるって、ナイスなタイミングなのじゃなかろうか?

なんて考えたわけなんですね



 産道体験 

そんなこんなで産道体験が始まったわけですが
お昼からの疲れと、いろんな感情を拾っちゃってるのか(エンパスくんなんです)

寝ちゃったんですね



あ〜あ;;;
せっかくの体験なのに、こんな時間まで頑張ったのに
最後のメインイベントでこれかよ

 

心の中で、大声で叫んでました



しつこく誘ってみると
「ママとならいいよ」
と  (๑˃̵ᴗ˂̵)و よし!

二人で大きな子宮に入り、じゃんけんで出る順番を決めて
産道体験してみたわけです


1回すると好奇心旺盛な部分にスイッチが入ったのか

「一人で入る!」と

ええ、内心しめしめですよ

わたしの願いが叶ったわけですからね

ただ、そこからがすごかった(汗

 

中に入る
みんなでなでなで
「出ておいで〜」の声かけ



・・・出てこない

わたし焦る

 

・・・焦ろうが出てこないものは出てこない



で、みんなの目が気になるわけですよ
別になんにも言われてないし、自分を焦らせているそれは
自分の脳みその中で変換されてる言葉だって《今は》わかる

もーーーー
お願いだから早く出てきなよ!!

でも、出てこない

挙句、中で大暴れ

膣の方から出るんじゃなくて、中に入ったチャックの方から出る〜って開けようとする

が、大人達は


「今回は産道体験だからこっちからよ〜、こっちから出ておいで〜」



子宮口からちらっと覗くも、チャックから出たいーーーーーと



ほーら、陣痛きたよ
出ておいで〜   


なかなか出てこない
丸くなって寝たふり



すったもんだで、やっと出てくる


つ、疲たーーーーーーーーー




 思い出した事、確信した事 


この日のことは、宿題の日記に書くって出かける前に言ってたんだけど
帰ったら、「なんて書こう;;;覚えてない」と

いやーーーー
わたし、キレたね、かなり責めたてたね
なにもそこまで・・・ってくらいね
今思い出しても    あれはないな

っていうくらい

自分でも引くくらいだったのでよっぽどだったんだろうね

夫も、寝ればいいのに側から離れませんでした(口は挟まなかったからすごい)


翌日、早くに目が覚めて
すーっと、いろんなことが繋がったんだよね


そもそも、彼らの願いや彼らの幸せは
まず、お母さんの子宮に来る事ができる事そのものだということ


そこから生まれて出てくるか、お空に帰るか

 

『子宮から元気に生まれてくる事だけがおめでとう』
ではなくて
『子宮に来る事そのものがおめでとう』
なんだっていうこと


一人で子宮の袋に入った息子にかける言葉は

『頑張って生まれてこい』
じゃなかったんだな


『ママの子宮に来てくれてありがとう』


だった

『あなたがここに来てくれて、わたしは幸せだよ』

だった



忘れてた

中の人には
ここに来れたこと。それだけを
ただただ祝福し感謝し

後は任せれば良いのだった

命ってそういうもんだ
肉体を持って、何かを経験しにきてるんだ



本当にお腹にいるときには
毎日毎日、今ここの幸せに感謝していた

 

例えば、お腹の中で数週間過ごして帰って行く子もいるわけで(ちなみにわたしは2人ほど経験)

 

それをいつまでも嘆き悲しみ、なんで生まれてこなかったって悔やむのは

二泊三日で帰る予定の観光客を

永住させようとすると同じようなもの


無理強いしたって、仕方がないんだ

もうすでにイマココが幸せなんだからね


お外に出る時だって
ちゃんと自分自身が満ちてから、出たいように出て来るんだ

 

がんばれがんばれ言われたら

そりゃーーーー…
抵抗するよwwwww


出てこねーよな

 

暴れるよね

 

しかも、彼は別に産道から出ることにこだわりはなくて

 

おなかの窓から出て来る方が好み
なのかもしれないもんね


翌日この事を謝ると

あっさり許してくれました



すごい太っ腹です
かないません

そして、今回の事で確信を持てたのは

 


結局わたしたちは
自分が生まれたいように生まれてきているんだ

ということ

『青い鳥』ではありませんが
答えはちゃんともう出ていたんですね

それを答え合わせしに行った時間でした


不謹慎だなって、思う人もいるかもしれないけど

バーストラウマっていうけど


お産のときのあれこれさえも
そこを選んでいるのかもしれない

追体験して、書き換えるというよりは

生まれて今まで経験してきた事も踏まえて
自分の生まれてきたときの経験をもう一度やってみると
また違った角度で自分の誕生を見る事ができるんじゃないかな


その時は産道を通る事でいっぱいいっぱいだったから見えなかった事が
見えてくるかもしれない

自分のお産に後悔の気持ちを持っている人は
今の自分で、そのときの体験を感じてみると

もしかしたら、それって我が子からのすっごいギフトだったんじゃないかなって
気づく事があるかもしれないね


わたしは今回のこの経験で
またさらに、命に対しての信頼が深まった気がしています

胎児さま赤さまの凄さを
見せつけられた氣がしています

 

 

彼にとってはいらない事だったかもしれないな〜

って思いもよぎったけど

 

わたし的には必要な体験でした


長文でしたが
読んでくれて、ありがとうございましたヽ(•̀ω•́ )ゝ✧

 

 



 


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